ただの相談役 気まぐれブログ

絶対的他力
201202.27

こんにちは「倉敷の工務店 ユーリン・ホーム」の

ガマはガマでもワガママのガマです。

 

『善人なおもて往生をとぐ いわんや悪人をや』

 

高校生の頃に読んだ『歎異抄』の中にある浄土真宗の開祖・親鸞聖人のお言葉です。

 

『自分で善い行いを積み上げていける強い人が、往生する事が出来るのなら

 善い行いを積み上げられない弱い人でも、一途にお縋(すが)りすれば

 阿弥陀様は、世話の焼ける弱い人に慈悲の目を向けてくださるので

 見捨てられることはなく、善行のない弱い人ほど、より往生する事が出来る

 だから、絶対的に阿弥陀様にお縋りをしなさい』

 

と言う『絶対的他力』『他力本願』の考え方です。

 

 

 

最近、この『お言葉』をよく頭に浮かべるのです。

 

年老いた両親と一緒に生活し、自分も老いてきて

『死』を身近に感じるからかもしれません。

 

 

日々『老いてゆく』という現実を前にして

自分ではどうしようも出来ない非力を実感すると

人間は何かに縋りたくなるのでしょうか。

 

 

しかし、私が今、縋るものは宗教や信仰と言ったものではありません。

 

私の縋るものは、私のまわりにある『人の優しさ』です。

 

『年老いた両親』が毎日食事をし、笑顔を絶やさずに居られるのは、

うちの奥さんや娘たちの『優しさ』の賜物です。

 

もし、私よりも両親が長生きをしたとしても

彼女達は2人の面倒を見てくれるでしょう。

 

もし、万が一にも、彼女達がそれを拒否したとしても

私の弟夫婦が岡山に駆けつけて

両親を山梨に連れて帰り、2人の面倒を見てくれるでしょう。

 

それを信じられるのは、私が『人の優しさ』を感じているからです。

 

 

そして、私の出来る事も『優しさ』を持つ事だと考えています。

 

いろいろと錯綜する感情をぶつけ合いながら暮らしている家族に『優しさ』を持てれば、

そのような軋轢のない他人様にも『優しさ』を持てるように思えます。

 

心に『優しさ』が在って初めて、住むのに『優しさ』のある家造りも出来るでしょう。

 

 

「『老後を住みやすい家』とはどのような家なのか?」

私は想像するのではなく、両親と同居する事で体感しています。

 

 

『優しい』眼差しで、両親のつたなくなってきている動作を見ていますと

家造りに『優しい』工夫も出てきます。

 

 

『他者に優しさを持てる』老老介護、それもまた、有り難い経験なのです。

 

 

『阿弥陀様の慈悲』ではなく『人の優しさ』に縋る少々老人めいてきた近頃の私です。

執筆者:中井勝人
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