ただの相談役 気まぐれブログ
オンリーワンの家づくり
倉敷茶屋町ユーリン・ホーム。
令和3年の大相撲春場所は
関脇照ノ富士の優勝で幕を閉じた。
私は平成最初の幕内力士
高安の優勝を願っていた.
高安は単独トップで優勝争いの
先頭を走っていたのに
13日・14日・15日の三連敗で
争いから脱落してしまった。
稀勢の里・高安の相部屋力士には
精神的な脆さがあるようだ。
今
照ノ富士は大相撲界一の
実力者だと思う。
大関を張っていた力士が
膝の怪我と糖尿病で
序二段まで番付を落としたが
節制と鍛錬で再度
大関に復帰するなど
なかなか有得ることではない。
どれほど称賛しても
賞賛しきれない。
照ノ富士の今の安定した実力なら
現状において最右翼の横綱候補
では無かろうか‥‥。
怖いのは照ノ富士が再び又
モンゴル出身の横綱になった時の
心映えである。
モンゴル出身の力士は
立ち居振る舞いや成績が悪くとも
『地位を取り上げられないのが横綱だ』
と自儘に思い込んでいる節が
あるように見える。
それは違う。
横綱は
『絶対に他人が降ろせない地位だ』
というのは事実だ。
その代わり
横綱は実力が伴わなくなれば
その地位に綿々と
してはならないのだ。
相応しくない
立ち居振る舞いや成績であったなら
横綱は只々愚弄嘲笑の
対象でしかないのだ。
「あんなのが横綱なら‥‥
相撲ももうおしまいじゃわ」
横綱は出処進退を誤れば
見苦しいだけで
生き恥をさらす地位なのだ。
照ノ富士が横綱に成った時には
大関という陥落する地位から
序二段まで落ちた経験を
思い出してほしい。
『一度は引退を考えた』
という力士ならではの捉え方で
大関に降りるのを許されない横綱の
地位と実力の在り方を
考えてもらいたい。
照ノ富士関‥‥優勝と大関復帰
おめでとうございます。